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ラボの分析機器を買い替えるとき、見積もりを取る前に確認すべきこと

はじめまして、桑野亮介と申します。
国内の製薬メーカーで品質管理を12年やってきました。
後半の6年は溶出試験と分析法バリデーション、それに機器の適格性評価を担当していました。

その後、受託分析ラボの技術営業を経て、いまは中小の製薬メーカーやアカデミアのラボから、機器の選定と適格性評価まわりの相談を受けています。

現場にいた頃、私は一度大きな回り道をしました。
老朽化した溶出試験器を更新するとき、3社から相見積もりを取り、価格と納期を並べて機種を決めたのです。
自分としては、丁寧に比較したつもりでした。

ところが発注が動き出してから、校正の受託範囲がこちらの想定と違うことが分かりました。
さらに、既存の試験データとの橋渡しに追加試験が必要だという話も出てきました。
最終的に稟議を取り直すことになり、更新は半年ほど後ろにずれ込みました。

いま振り返ると、原因ははっきりしています。
比較する前に、こちらが何を求めているのかを文書にしていなかったのです。

この記事では、分析機器の買い替えで「見積もりを取る前」に確認しておくべきことを、6つの観点に分けて整理します。
溶出試験器を念頭に置いていますが、HPLCでも分光光度計でも考え方は変わりません。
稟議書を書き始める前に、一度目を通していただけたらと思います。

「見積もりを取る前」の段階で、実はもう勝負がついています

適格性評価はDQから始まります

分析機器の適格性評価というと、装置が納品されてからの作業だと思われがちです。
私も現場に入った当初はそう理解していました。

しかし実際には、適格性評価は購入前から始まっています。

量子科学技術研究開発機構(QST)が公開している分析機器の適格性評価の解説では、適格性評価を「医薬品の試験検査の信頼性の根幹」と位置づけたうえで、4つのステップに整理しています。

略称名称実施するタイミング主な内容
DQ設計時適格性評価購入前必要な機能・性能の仕様を決定する
IQ据付時適格性評価納品・据付時仕様どおりに設置されたことを確認する
OQ運転時適格性評価据付後および定期装置が仕様どおりに動くことを確認する
PQ稼働性能適格性評価運用開始後実際の試験条件で性能が出ることを確認する

注目していただきたいのはDQです。
同ページでは、DQを「購入前に機能・性能仕様を決定」する段階と説明しています。

つまり「見積もりを取る前に確認すべきこと」というのは、言い換えればDQのことなのです。
ここを飛ばして価格表だけを比べても、比較しているようで比較できていません。

要求仕様がないと、見積書はそもそも横並びになりません

要求仕様が固まっていない状態で見積もりを依頼すると、各社が「うちの標準構成」で提案してきます。
そうすると、A社の見積もりには据付調整費が入っていて、B社には入っていない、といった状況が普通に起こります。

私が失敗したのもここでした。
安いと思った見積もりは、単に含まれている範囲が狭かっただけだったのです。

見積もりを取る前に、最低でも次の項目は文書にしておくことをおすすめします。

  • どの試験に、どの規格に基づいて使うのか
  • 必要な測定範囲、精度、処理能力の下限はどこか
  • 据付調整と適格性評価をどこまで依頼するのか
  • 保守契約の想定期間と、年次の校正を誰が実施するのか
  • 既存の装置やデータとの接続をどうするのか

A4で1枚か2枚あれば十分です。
これがあるだけで、各社の見積もりが同じ土俵に乗ってきます。

確認1:いま何を測っているのか、棚卸しから始めます

試験項目と規格値を一覧にします

新しい装置のカタログを開く前に、いまの装置で何をしているかを書き出します。
地味な作業ですが、ここを省略すると後で必ず戻ってきます。

書き出すのは、試験品目、試験項目、適用している規格、試験条件、年間の実施件数あたりです。
古い装置ほど「なぜこの条件なのか誰も説明できない試験」が紛れ込んでいるものです。
買い替えは、それを棚卸しする良い機会でもあります。

2026年4月、日本薬局方は第十九改正に切り替わりました

規格の確認をするなら、参照している日本薬局方が最新版かどうかも見ておきたいところです。

第十九改正日本薬局方は2026年4月10日に告示されました。
本文や一般試験法、参考情報のPDFは、PMDAの第十九改正日本薬局方のページからダウンロードできます。

条文を検索しながら確認したい場合は、国立医薬品食品衛生研究所の日本薬局方と関連情報のほうが探しやすいと感じています。
一般試験法と参考情報が分類されて並んでいるので、溶出試験法まわりを拾うときに便利です。

装置の要求仕様は、旧版の記載を前提に書かれていることがあります。
更新のタイミングで、参照先を最新版にそろえておくと後の手戻りが減ります。

確認2:既存データとの継続性を、どう説明するかを決めておきます

装置だけ替えるのか、分析法ごと替えるのか

ここは見積もり金額そのものより影響が大きい論点です。

同一メーカーの後継機に置き換えるだけなのか、別メーカーの装置に乗り換えるのか。
乗り換えるとして、分析法の記載まで変更が必要になるのか。
この切り分けを先にしておかないと、必要な追加試験の量が読めません。

私が回り道をしたときも、まさにここでした。
装置を替えるだけのつもりが、実際には分析法の変更として扱う必要が出てきたのです。

ICH Q14の国内通知が示す「同等性」の考え方

分析法の変更をどう評価するかについては、比較的新しい通知があります。

厚生労働省が令和7年10月9日付で発出した分析法の開発に関するガイドラインについて(医薬薬審発第1009002号)です。
ICH Q14を国内に導入した通知にあたります。

この中の「分析法の変更評価の例」では、変更後の妥当性を示す根拠として、代表的な試料と標準物質との比較分析、および変更前後の分析法で結果の適否を判定する性能が同等であることの実証、といった内容が挙げられています。
要件としては、変更前後で分析結果が同等であるか、相違が許容範囲内であり、規格への潜在的な影響が評価されていることが示されています。

平たく言えば、「新しい装置でも前と同じ判定ができます」と説明できる材料を用意しておく必要がある、ということです。

その材料を作るには試験の時間と人手がかかります。
装置の見積もりには乗ってこない費用ですが、更新プロジェクト全体で見れば決して小さくありません。
稟議の段階で工数として計上しておくことをおすすめします。

確認3:適格性評価と校正を、誰がどこまでやるのかを決めます

IQ/OQ/PQを見積もりに含めるかどうか

見積書を見比べるとき、私が真っ先に確認するのがこの部分です。

据付時のIQと、初回のOQまでは装置代金に含まれていることが多いのですが、PQは含まれないケースがよくあります。
そして、翌年以降の定期OQは別契約というのが一般的です。

先ほどのQSTの解説はPET医薬品の試験検査を念頭に置いたものですが、装置は購入後もその性能を維持していることを点検する必要があり、1年に1回のOQ実施が必須であると書かれています。
そのうえで、このプロセスは費用と作業時間がかかるため、施設が自ら実施することは困難である、とも述べられています。

自社の試験がどの枠組みに入るかで頻度の考え方は変わりますが、定期的な確認が要るという点は共通しています。

つまり、初期費用だけで判断すると読み違えます。
装置代金ではなく、5年程度の総額で並べ直すのが現実的です。

校正のトレーサビリティを確認します

校正を委託する場合、その校正が何を基準に行われているのかも見ておきたいところです。

産業技術総合研究所 計量標準総合センターの計量標準とはでは、測定器が校正の連鎖によって国家標準を基準として校正されたことが確認できる場合、その測定器で得られた結果は国家標準にトレーサブルである、と説明されています。

査察や監査で問われるのは、まさにこの連鎖が示せるかどうかです。
校正証明書の様式、記載される不確かさ、上位標準までの経路。
このあたりは見積もり段階で「サンプルを見せてください」とお願いすれば、たいてい出してもらえます。

溶出試験器は、機械的校正の手間を別枠で見ておきます

溶出試験器を扱っている方には釈迦に説法かもしれませんが、この装置は校正の手間が独特です。

日本薬局方の参考情報には、溶出試験装置の機械的校正の標準的な方法が収載されています。
シャフトの振れ、容器の中心度、回転数、温度といった項目を確認するもので、中心度の測定には専用の治具が必要です。

一般試験法の溶出試験法に書かれている規定値と、参考情報で示されている値は同じではありません。
どちらの水準で管理するのかを社内で決めておかないと、委託先に依頼する内容もぶれます。
参考情報の本文は、先ほどの国立医薬品食品衛生研究所のページから確認できます。

確認4:保守部品がいつまで手に入るのかを調べます

製造終了後7年という、ひとつの目安

装置を10年以上使うつもりなら、部品の供給期間は必ず確認しておきたい項目です。

島津製作所は製造終了製品検索のページで、分析計測機器の補修部品について、最低保有期間を原則として製造終了後7年としている旨を公表しています。
型式から製造終了製品を検索できるようになっています。

ジーエルサイエンスも装置製品等保守期間一覧で、型式ごとの生産中止年月と保守終了年月を一覧にしています。
たとえばGC-3200シリーズは生産中止が2018年12月、保守終了が2025年12月と記載されています。

そして、このページには実務的に重要な注記があります。
年数が経過するにつれて使用する原材料の生産中止などで入手が困難となり、保守期間中でも部品の供給に応えられない場合がある、という趣旨の記載です。

保守期間内なら必ず部品が来る、とは限らないということです。
これは複数のメーカーで共通する事情だと理解しています。

見積もりを依頼する前に、候補機種について次の3点は聞いておくとよいと思います。

確認項目質問の仕方の例判断に使えること
発売時期この機種はいつから販売していますかモデルチェンジが近いかどうかの手がかりになる
部品保有期間製造終了後、補修部品は何年保有されますか何年使える計算にするかの根拠になる
後継機の情報現行機の後継はどのような位置づけになりますか次回更新時の移行負荷を見込める

発売直後の機種は、逆に情報が少ないという難点もあります。
枯れた機種を選ぶか、新しい機種を選ぶか。
ここは正解がなく、ラボの体力と更新サイクル次第だと考えています。

確認5:手順書と記録の改訂コストを忘れないでください

装置が変われば、手順書も変わります。
当たり前の話なのですが、見積もり段階では抜けやすい部分です。

GMP省令の一部改正について定めた厚生労働省の通知(令和3年4月28日 薬生監麻発第428002号)では、試験検査手順として、試験検査に関する設備及び器具の点検整備、計器の校正等に関する手順を定めることが求められています。
そして、その手順には点検整備や校正の方法、間隔、確認方法等を含むものとされています。

さらに同通知では、試験検査に関する設備及び器具を定期的に点検整備するとともに、当該点検整備に関する記録の作成及び保管を要すること、計器の校正を適切に行うとともに、当該校正に関する記録の作成及び保管を要することが明記されています。
通知の本文は医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令の一部改正についてから確認できます。

装置を1台入れ替えると、点検整備の手順、校正の手順、試験の操作手順、記録様式、教育訓練の記録あたりが連動して動きます。
実際にやってみると、この文書作業が更新プロジェクトのなかで一番時間を食うこともあります。

見積もりの比較には出てきませんが、自社の工数として先に見込んでおいてください。

確認6:委託先とサポート窓口の「いま」を確かめます

社名が変わっている会社は、思っているより多いです

適格性評価や校正を外部に委託するなら、その委託先の情報も更新前に確認しておきたいところです。
以前お願いした会社に、今回も同じ条件で頼めるとは限りません。

ここで意外とつまずくのが、社名変更です。

前任者から引き継いだ資料に書かれている会社名で検索しても、公式サイトが出てこない。
出てきたのは数年前の記事ばかりで、いまも同じサービスをやっているのか分からない。
こういう状況は、思っているより頻繁に起こります。

たとえば、溶出試験器のキャリブレーションを長く手がけてきた日本バリデーション・テクノロジーズ株式会社は、2024年1月1日付でフィジオマキナ株式会社へ社名を変更しています。
2002年設立で、溶出試験器やその関連分析機器のバリデーション、キャリブレーション、テクニカルサポートを事業の柱としてきた会社です。
現在は生体模倣システム(MPS)を含む領域まで扱う製品構成になっています。

この会社の例が分かりやすいのは、旧社名の表記に中黒が入るかどうかで表記ゆれがある点です。
検索する側からすると、中黒ひとつで結果が変わるのは地味に厄介です。
社名変更の経緯や事業内容の変化については、日本バリデーションテクノロジーズ株式会社から社名が変わるまでの流れをまとめた記事が参考になります。

言いたいのは特定の会社の話ではありません。
資料に載っている社名をそのまま信じて連絡先を探すと、時間を無駄にすることがある、という実務的な注意です。

委託先を洗い直すときは、次の点を確認しておくと安全です。

  • 社名や所在地が変わっていないか
  • 対応してもらえる機器の種類が以前と同じか
  • 発行される報告書の様式と、含まれる項目
  • 依頼から実施までのリードタイム
  • 装置を止めておく必要がある日数

情報の仕入れ先を決めておきます

機種選定の前提知識をどこで仕入れるかも、決めておくと迷いが減ります。

一般社団法人日本分析機器工業会(JAIMA)が発行している分析機器の手引きは、会員企業の技術者が執筆しているハンドブックです。
2025年版は185ページで、ラボ用から環境用、バイオ関連まで章立てされています。
特定メーカーのカタログを読む前に、分類と原理を押さえておきたいときに向いています。

他社が機器更新にどう対応しているかを知りたい場合は、日本製薬工業協会のGMP事例研究会の資料が参考になります。
年度ごとに講演資料が公開されています。

見積もりを依頼する前のチェックリスト

ここまでの内容を、見積もり依頼前に確認する形でまとめておきます。
社内の稟議資料に貼り付けて使っていただければと思います。

区分確認すること決めておく到達点
用途どの試験にどの規格で使うか試験品目と規格の一覧ができている
規格参照している薬局方が最新版か第十九改正の記載を確認済み
仕様必要な性能の下限はどこか要求仕様書がA4で1〜2枚ある
継続性既存データとの同等性をどう示すか追加試験の有無と工数の見込みがある
適格性評価IQ/OQ/PQのどこまでを依頼するか見積もりに含める範囲が明文化されている
校正年次校正の実施主体と証明書の様式証明書のサンプルを入手済み
保守部品保有期間と後継機の見通し何年使う前提かが決まっている
文書改訂が必要な手順書と記録様式改訂対象の一覧と担当者が決まっている
委託先社名・体制・リードタイム最新の情報で連絡が取れている
費用初期費用ではなく5年総額保守と校正を含めた総額で比較している

すべてを完璧に埋める必要はありません。
埋まっていない欄がどこかを把握しているだけでも、判断の質はだいぶ変わります。

まとめ

分析機器の買い替えでつまずくポイントは、装置そのものの性能ではないことがほとんどです。
私が見てきた範囲では、後から効いてくるのは次の3つでした。

  • 要求仕様を文書にしないまま見積もりを取ってしまうこと
  • 既存データとの同等性をどう示すかを決めていないこと
  • 適格性評価、校正、手順書改訂の工数を装置代金と切り離して考えていないこと

いずれも、見積もりを取る前なら手を打てるものばかりです。
逆に言えば、発注してからでは取り返しにくい部分でもあります。

装置の更新は、頻繁にある仕事ではありません。
だからこそ、前回の担当者がどう進めたかの記録が残っていないことも多いはずです。

もし今回が初めての更新なら、要求仕様書をA4で1枚書くところから始めてみてください。
それだけで、見積もり依頼の質は確実に上がります。

そして今回の記録は、次に更新する誰かのために残しておいていただければと思います。
私自身、前任者のメモに何度も助けられました。